1日
人は僕のことを”ビジネスホテルの達人”と呼びます。
そんな僕でも、昨夜のビジネスホテルには”度肝”を抜かれました。
先にチェックインを済ませた芹澤君に電話。
奥さんの克枝ちゃんが携帯の向こうで「芹澤が今、部屋の外に出ました」
僕には何を言っているのかさっぱりわかりませんでしたが
駐車場の向こうにある”アパート”から芹澤君がタバコを燻らせながら出てくるじゃありませんか・・・・
「えっ?・・・・あいつ、いつから茂木にアパート借りたんだ?」
僕には、今の現状が飲み込めませんでしたが、今夜泊まる部屋がこの建物なのか?
薄々ながら分かってきましたよ!
芹澤夫婦は、「いや〜同棲時代を思い出しましたよ」と、すっかり馴染んでいます。
部屋に入ったら、やっぱりアパートとそのもので
これが、妙に落ち着くんですね。
4人で酒盛りをして夜は更けてゆきました。
今朝、アパートを出た僕らは、ル・ボーセさんのガレージに到着し作業開始。
芹澤君から赤いサインペンを渡され、FCJのマシンに直接”線”を書きました。
その線をモチーフに赤のカッティングシートをフリーハンドでカットし
カラーリング作業を進めて行きます。
緊張感と達成感を感じた一日でした。
開幕戦を目前に、こうして徹次郎くんのマシンのカラーリングが完成しました。
かっこいいですよ!
応援してください。
19日
むせかえる匂いが車内に充満していた。
好きな匂いでも、これだけ強いと嫌になる。
カミサンの実家を片付けた14・15日。
ボクは再び四日市にいた。
それでも、約3週間ぶりの四日市だったから
久しぶりに一人の時間を楽しんでいた。
14日、朝6時。
今回は、156SWで実家に到着。
前夜の東名は酷い渋滞と、ホテルに着いた頃は激しい雨で散々だった。
カミサンの同級生の美由紀ちゃんのお母さんと
これからこの家に住むことになる”モリモー”のお母さんと7時に待ち合わせる。
飾りの無い楽しい会話と、居場所が無かった僕を大切に包んでくれるような優しい人たちと時間を共有する。
もう、何年も前になるが美由紀ちゃんの結婚式でボクが司会を務めたことから繋がっている。
8時を少し過ぎた頃、最後の片付けをしてくださる業者さんが集まってきた。
父や母の様な年配の方々が5人。
「じゃあ、お願いします」などと言えないほど年配の方々だったから
少し気持ちが曇った。
ボクに出来ることは、「休みませんか?」とお茶とお茶菓子を用意することだけだった。
プロフェッショナル。!
少し汗ばむような陽気だったから、溢れるくらい物が有ったから
作業は簡単ではなかった。
でも、皆さんが笑顔で応えてくれる。
「何でも取っておく人たちでした」
「だから、これだけ立派な家が建てられたんだよ」
カミサンの両親を褒めてくれた様な気がした。
義母が大事にしてきた”ローズマリー”を掘り起こし156に乗せた。
二日目は、3人の方が作業をしてくださった。
今日も暑い。
「こんなモン出てきたでぇ〜」
笑いに包まれる。
一つずつ片付いていく。
午後3時、挨拶を済ませ帰路に着くとき
「あんたも疲れとるから、気〜付けて帰りや〜」
「居眠りしたらあかんから、休みながら帰りや〜」
車内には、ローズマリーの強い匂いと義父と義母の遺影、そして”思いやり”が充満していた。