11日
6月にしては暑い日で、夜の赤坂でその人と初めて言葉を交わした。
薄い緑のノースリーブのニットを着ていたような気がする。
「カーグラフィックの牧野です」
そういって名刺を差し出した。
「ボクは、箱根の・・・・」
「私、知っていますよ。有名ですから」
と、切り替えされ、隣にいた加藤編集長が笑って席についた。
ボクを挟んで、牧野さんも席についた。
メイク・ア・ウィッシュのイベント準備の為、僕らは集まっていた。
それぞれが、得意分野でネットワークを駆使し、ひとつの目的に向かって走っていた。
牧野さんは、日本全国のイベントやオーナーズクラブに精通している方で
今回のイベントで協力していただくクラブや希少な車のオーナーへのパイプ役を務めていた。
イベントのポスター作りの作業で、彼女と連絡を取り合い煮詰め作業をしていると
お互いに共通の知り合いが身近にいたことで、親近感を覚えていった。
イベントの開催日が近づくにつれ、問題も発生してきて
連絡を取り合う機会が増えていった。
時には、お互いに愚痴を聞いてもらうときもあったし
三人で会議の後、夜の赤坂にくりだした時もあった。
イベントは、大成功というわけには行かなかった。
それでも、僕らは少しばかりの達成感とお互いを称える気持ちに満足をしていたと思う。
イベントが終わり暫くたって、彼女から連絡が有った。
「ねぇトダテさん、アルファオーナーの○○さんってどんな方?」
ボクの知る限りの情報を伝えることで彼女の仕事をサポート出来、ボクは幸せに思っていた。
”彼女は何時も疲れているな”と思い始めたのは、TAROCが協力する麦草峠のイベント『メルヘン街道開通式』に
彼女が取材に来てくれた時だった。
それでも久しぶりに逢ったから楽しい時間を過ごし、翌週のイベントでもまた一緒だと知って笑った。
二人で歩いていると彼女の携帯が鳴り、なにやら仕事の話をしていたと思ったら、
ボクに携帯を渡し、小さな声で「デートしてるって言ってぇ」と促した。
電話の相手は、加藤編集長だった。
ボクが携帯に出たからびっくりした加藤さんが
「二人で何してるの?」
ボクは「デートさぁ」と言った。
三人で笑った。
僕らは”恋”をしていた。
上手く言えないけれど、幼馴染のようなホットする関係を築いていたのかも知れない。
6月3日のcafe GIULIA は、色々な偶然が重なった。
今年は行われないと思っていたメイク・ア・ウィッシュのイベントが
11月10・11日の富士スピードウェイで行われる”ル・マン クラシック”のイベント内で行われることになって
メイク・ア・ウィッシュ・オブ・ジャパンの理事長 八木さんが訪ねてくださり
今回も手伝って欲しいと要請された。
僕は又、加藤さんや牧野さんと一緒に頑張れることを幸せに思った。
牧野さんに電話しようと思ったが、一時間後の迫ったcafe GIULIA JAZZ LIVEの準備にボクは追われていた。
演奏してくださった山口館長やご来場いただいたお客様と楽しいひと時を過ごし、宴は深夜12時に幕を閉じた。
もうひとつの偶然は、”ル・マン クラシック”名誉大会理事の林さんがデザイナーの栗原さんと
富士スピードウェイでの記者会見を終えて、その夜cafe GIULIA に駆けつけてくださったこと。
林さんからは貴重なポスターもいただき、ボクは有頂天になっていた。
満足感に満たされて翌朝、山口さんや栗原さんにお礼のお電話を差し上げて
カミさんと御殿場のアウトレットへ買い物に行った。
携帯のバッテリーが切れ、帰宅後キッチンで充電をしていた携帯を握って牧野さんに電話しようと思ったら
加藤さんからの着信が続けて二件残されていた。
「こんばんは、トダテです。どうしました?」
「トダテさんごめんね、今日お休みだったんだよね」
加藤さんの声は、少し震えていた・・・・
「トダテさん、牧野が・・・急死しました」
心不全だった。
彼から詳細な事を聞くにつれ、ボクは足が震え立っている事さえままならくなった。
何が起こったのかわからなかったし、認めたくも無かった。
呼吸が上手く出来なくて、ため息ばかりついていた。
翌々日、早朝の富士スピードウェイ周辺を仕事で来ていた加藤さんと一緒に走った。
solo alfaの取材の時お世話になった、カメラマンの北畠さんも一緒だった。
solo alfaの記事は、牧野さんからの愛情がたっぷり詰まっていて
関わった多くの人が、「いい記事ですね」と言ってくれた。
告別式は、世田谷の教会で行われた。
出棺の時、「これで、最後だね」と呟いて、彼女を見送った。
夜中に何度も目がさめて、牧野さんのことを思い出す。
もし、願いが叶うなら・・・・
出会う前の二人に戻して欲しい。
19日
生意気が学ランを着て歩いていた。
14歳のボクは、横並びの中学生の坊やとは違った男の子だった。
幼馴染の鶴田君が転校して行って、彼の住んでいた家に越してきた女の子と恋に落ちた。
二年生の夏休みが終わろうとしていたある日、ボクは彼女と出会ってしまった。
当時、田舎と新興住宅地と言う二つの顔を持つ東京都郊外に住んでいた僕は、
フォークソングに夢中になって、狭い家の中でギターを弾いていると
家人から眉をしかめられるので、近所の造成地で弾き語る男の子だった。
そこに、彼女は現れた。
夕暮れ時、犬の散歩をしていた。
二学期が始まり、転校生がボクのクラスにやってきた。
寺谷 奈津子、都会からやってきた彼女は、とっても勝手な感じに生きていた。
「これって、いいよね」そういって彼女は一枚のLPレコード持ってきた。
休み時間や野外学習のとき、ギターを弾いていたボクはクラスの中の”よしだたくろう”だった。
彼女が手にしていたアルバムは、よしだたくろうの新譜で、ボクもお気に入りの一枚だった。
授業中、いくつもに折られた手紙がボクの手元に届いた。
「きょう、一緒に帰らない?」
僕らは、恋に落ちた。
塾の帰り、待ち合わせた公園。
深夜放送に夢中になって、翌日そんな話で盛り上がる二人。
人生って・・・・スバラシイ!
手を繋ぎながら、土手を歩く幼い二人。
長く伸びる影を追いかけて「じゃあね」と言えないでいた。
幸せは、いつまでも続かなかった。
卒業を待たず、彼女はボクの知らない街に転校していった。
それは突然のことで、ボクには「さようなら」と言う時間も与えられなかった。
彼女の家に向かって、走っていったのに・・・・
そこにはもう、誰もいなかった。
翌日、彼女の友達から手紙を渡された。
”何度も転校を繰り返したけど
出会えてよかった・・・・”
彼女は、勝手な感じに生きていた。
男の子は、少しだけ成長したのかも知れません。
PS、一年後、彼女から電話がありました。
その続きは、また今度。