12日
cafe GIULIA 建築進行状況です。
何とかここまで来ました。
とりあえず見て下さい。

勝手口と店舗の折れ戸が有る西側から撮影しております。
ブルーシートで覆われているのは木製サッシが入るところ。
写真の右側に仙石原のススキが広がります。
現在ススキは野焼きが行われ山肌がススキではなく”スス”に覆われていますが・・・(笑)
cafe GIULIAは、一階が店舗となって、外にはテラス席や小川のせせらぎを楽しめるガーデン席があり 二階は僕たちの住居になります。
客席数は店内で16席〜18席くらいでしょうか?
未だ配置も決めていないので、微妙ですがかなり狭いお店になっちゃいそう・・・・(不安)
ススキ側の壁に、『cafe GIULIA』のアクリル看板を取り付けました。
勿論制作は僕。(笑)
何でもやります。
ステキでしょ!ガルバリウムの壁面がシルバーなので赤と緑が映えます。
壁から少し浮かせて取り付けました。
実際に取り付けた所をススキ側から見てみると・・・・
チョット小さかったかな・・・・
一応、両側からスポットライトで照らしますので夜は結構綺麗に見えるだろうし
"どうだ"って感じじゃなくて良いんじゃない!(楽観的)

上の写真はカミさんと二人で外壁の塗装をしているときの写真です。
未だ全部塗れてはいないのですが、ここ数日は天気があまり良くないので 麦草のイベント前に塗れるのか不安ですが、もう防腐材は染み込ませてあるので大丈夫でしょう。
そして、昨日は厨房内の壁面の塗装を終了しました。
子供達にも手伝って貰って、ムラだらけの塗装ですがとっても楽しかった。(笑)
夜は、投光器で手元を照らし遅くまで作業しましたが、これからオープンに向けてキット深夜までの作業が続くんでしょうね。
でも、とっても楽しみです。

客席側からカウンター越しに厨房を見ている風景です。
鮮やかな水色です。(笑)
床は赤です。(爆)
キッチンの中は、思いっきりポップな感じに仕上げようと思っています。
右側の開口部には、ガラスははめ込まれ僕が調理しているところが見えるようになります。
中央部分のカウンターは料理出すところ。
ここには、特注のタイルが貼られます。

20cm四方の大きなタイルですが、とっても可愛くていい感じです。
制作は大変だったようで、作って下さった方に感謝です。


24日 毎年4月に冬季閉鎖を明けて開通する”メルヘン街道開通式”にパレード参加してきました。
茅野市の観光連盟さんが主体となって4つの市町村が関わるこのイベントに
『是非是非イタリアの名車ALFAROMEOでパレードを』との嬉しいお誘いも、
毎年蓼科で行われる”ALFAROMEO DAY”の開催が地元の方々に”身近”なスポーツカー
としての印象が有ったからかも知れない。
ALFAROMEO DAYの開催は茅野市が管理する公共の公園で行われる為、
パレード参加が少しでも会場の使用に有利に働けば・・・と思っていたが
役場の縦型行政は横の繋がりを持たず、お互いの情報交換や連携型行政が無いので
実際に公園の使用許可を貰うくじ引き(複数申請者が居た場合)や利用規程の緩和などには、全く影響力を持たない。

TAROCでは、副代表と言う立場に有るYoshidaさんが、このイベントの一切を取り仕切っている。
Yoshidaさんは実際にALFA DAYの会場申請をしている人で、あの会場の使用許可はYoshidaさん名義なのだ。
僕が箱根に来てからは、地元での(蓼科)活動をYoshidaさんを中心にnariチャンキミちゃんすーさんAyaちゃんらが
忙しいなか時間を割いて活動して下さって居る。
今回も、すーさんとAyaチャンの援護射的が上手く働き、仕切のYoshidaさんを手助けしていたと思う。
Yoshidaさんらの人柄も大いに効果があって、今回は過去最高の45台が快晴の高原で走りを楽しんだ。
平日だというのにこれだけの参加者に恵まれるのは、”アレーゼ信州ファンクラブ”の方々が
Yoshidaさんらを慕って『今年も行きます』と参加してくださっている事情が大きく作用しているようです。
イベントは”人”ですね。(笑)

いつ頃から国道229号線を”メルヘン街道”と呼ぶようになったのかは不明だが、
若かかりし頃をこの街道筋で過ごした僕は、麦草峠にも多くの思い出がある。
27歳の頃務めていたオーベルジュが有った場所は、標高1.600を僅かに下回る辺りだったと思う。
白い洒落た洋風建築で世間に”オーベルジュ”と言う枠組みがあまり浸透されていなかった時代だ。
東京の大きな施設に勤めていた僕に”面会”に来て、「是非、うちで働きませんか?」とお誘いを受け
夢一杯に胸膨らませて来たのがこの施設だった。

ツーリングで訪れた伊勢丹モータース自動車クラブご一行の予約が入ったのは、
僕が務め初めて2年目の頃だったと思う。
駐車場には、涎モノの名車が並びイギリスのアルビスを知ったのもこの時が初めてだった。
アルピーヌ・ルノーやスーパーセブン・・・・当時出たてのアウディ80でさえ、僕にとっては憧れの車だった。
駐車場の片隅を見るとアイボリーのVWビートルが佇んでいる。僕の車です。(笑)
伊勢丹モータースの自動車クラブをまとめておられたのが、かつて名セールスとして業界ではつとに有名だった
アバルト美術館元館長の山口 寿夫さんだった。
山口さんとはこの時に遭遇していたのです。(笑)
何かの話の流れで、あの当時の話で盛り上がったことがあって、山口さんは当時食べた料理の内容やメニューを
事細かに覚えていらっしゃっり、「そうか、あの時料理を作っていたのが君かぁ」と
今でも話は盛り上がるので、どんな時でも一生懸命に生きないと。
足跡は必ず残るもの恥ずかしい足跡は残したくありません。(笑)

出会いと言えば僕が務めた年の夏、トップシーズンのアルバイトを募集しました。
男子5名女子1名が募集人員。送られてきた数枚の履歴書を見ながら、フランス料理店での経験者を優遇します。
女性では、一人だけフランス料理店経験者がおりましたので大学一年生の彼女に決めました。
名古屋方面からたった一人で来たのですから、不安は募ります。
辺りは山に囲まれ、自販機など有りませんし、一ヶ月以上をここで暮らすことになります。
男性スタッフ10名の中に紅一点ですから、狭いながらも専用の部屋を用意してあげました。
壁紙は少々メルヘンチック柄になりましたが、なかなかジョウズニ貼れ到着の日に喜んでくれたので
ガンバって貼った甲斐があります。男子は、近くのリゾートマンションの一室に住んで貰います。
本番当日、事件は起こりました。
男子5名、全員脱走しました。(笑)
一人残された女子は不安だらけです。
慌てて履歴書を引っぱり出し、とにかく片っ端から「来て下さい」
数日後何とか頭数は揃いましたが、とにかく年もバラバラおおよそ共通点など見つからない
不揃いの男子アルバイトが集まりました。

最年長のイケメンは、俳優が職業。舞台俳優の彼とは、年も同じだったため後に僕とも意気投合。
いつだったか六本木で飲み明かしました。
浪人中の中島君は、おしゃべり。寝ている時以外はとにかく良く喋る。(笑)
関西弁ベタベタのスネオ君似の働き者くんや
体重のせいか動きが鈍く”のんびり”している少年。
それぞれ個性豊かでした。
仕事が終わると、良く彼らを連れて軽井沢や清里に出掛けました。
深夜です。(笑)当時流行の”たけしのカレー屋”でご飯を食べたり。
露天風呂に連れて行ったり。

店のオーナーから「トダテ君は女の子の担当をお願いします」と言われており
週に一度の休日は、女子アルバイト君と一緒の休みです。
休みの前日は、「明日どっか行くかい?」と一応聞きます。(笑)
「はい、水着が欲しいので連れていって下さい」
(はぁ?水着?ここは、山の中だぞ・・・何処に着て行くんだょ・・・ったく)心の声です。(笑)
当時、一緒に暮らしていた女性に逃げられ、休日でも特に用事もなかった僕ですが
蓼科のトップシーズンは本当に疲れます。連日満室満席です。
本当はゆっくり寝ていたかったのですが、サービス精神旺盛な僕は、
疲れも見せず女の子君の買い物や食事・・・色々つき合いました。(笑)
今その女の子君は、僕の奥さんになりました。(爆)
僕たちは、直ぐにお付き合いをしたわけでは有りませんが、
アルバイトが終わる秋には、気になる存在になっておりました。
サービス精神旺盛な僕は、今でも買い物や食事につき合っています。
彼女も僕の自動車趣味につき合ってくれています。(笑)
約20年前のお話です。


今日のオマケ写真!