晩酌タイム  11月の巻

 

114日(火曜日)

毎回の休日は、ほとんどの場合予定が立っていて

それにあわせ、あわただしく過ごすのが、ここ数年の僕のパターンだ。

でも今日は珍しく“特に無い!予定だったので

土曜日の夜に衝動的に落札してしまったオークションの代金を午前中に送金して

秘蔵のMGで出発した。

空は雲が多く、雨が降るかも知れないと思ったが

降ったら屋根を起こせばいいと二人で笑った。

カミサンはMGで行くならと、服装も着替え直し

「じゃあ、アウトレットに行こうか」という話になった。

我が家からアウトレットまでは、2025分で到着する。

ドライブの域には入らない。チョイ乗りだ。

週末のアウトレットは、“間違っても行きたくない”場所だと思っているので

僕らは、思い立った平日の静かな日にしか行かない。

それでも結構な人人人で、駐車場も随分埋まってきていた。

係員の誘導に任せるしかないので、僕らはどんなところに車を停めるのか?

増設を続けた駐車場は、御殿場市内のあちこちに存在し、

シャトルバスの送迎に頼るか、徒歩ではるか遠くのアウトレット目指す羽目になるから

そんな経験をされた方も多いだろう。

もちろん今日はマダマダ余裕だから、比較的近い場所に停められる。

でも今日はMG

屋根を起こして停めるべきか、そのままオープンにしておいて置いて行くのか迷う。

屋根を作ったり、たたんだりするのが面倒なわけではない。

僕はオープンになっている姿が好きなので、出来ればそうしていたい。

でも人気の無いところに長時間停めると、時々心無い人がごみを放り込んで行ったり

いたずらされていたりと、僕の心は心配の余り「お〜〜ミジェットくん」と買い物どころではなくなる。

ところが、駐車場に入ったら新しく出来た屋根ありの出入り口付近に一台分空いている。

そこは誘導のガードマンのすぐ横で、周辺からも良く見えるところだ。

でも待てよ!こんなにいいところが空いているわけが無い。

そこはタブン車椅子で利用される方の特等席に違いない。

だとしたら、どんな理由があるにせよ、僕らが停める空間ではない。

試しに一周して確認してみた。

“無印”だ。

考えてみたら、そこは出口のすぐ横だからそこが空いていなければ出ざる終えない場所。

車椅子の方の場所には不適当だ。

特等席にMGを停めて、僕らは買い物を楽しんだ。

やーくんのように、ブランド物に興味が無い僕らは“ユニクロ”や“無印”が定番だ。

アウトレットには“ユニクロ”は無いから“GAP”や、“NEW YORKER”、“ブルックス・ブラザース”あたりで落ち着く。

NIKE”や”FRANC FRANC“を見たら後は”BOSE“で仕上げ、がお決まりのコースだ。

ところが、今回はひとつの店に釘付けだった。

OLD INGLAND”、少し明るい色目のブレザーが目立ったので「軽い気持ち」で入ってみた。

僕は、ヒストリックカーのイベントに参加されている“堺 正章”さんのファッションが好きです。

僕には似合わないだろうし、着ていく場所も無いから購入しようとは思わなかったが

その店には、堺さんが着ていそうなお洒落な、秋冬物が並んでいた。

50OFFと書いてあっても、元々180.000円なのだから、おいそれと買える金額ではない。

でも、入り口に吊るしてあった“バーゲン品”は22.800円のキルティングのジャケットだった。

欲しい・・・と思ったが、僕の月の小遣いは25.000円。

さらに家計に50.000円の借金があり、僕は買える立場では無かった。

年内に借金は返さなくては・・・・

暗い話ですいません。

 

買い物のあと、AUTO SPECに寄った。

33のオイル交換と147の定期点検の代金を支払い、

モーターショウの話をしたり、ALFAでレースをしようとそそのかしたりと

そんな話をしていたら、アバルト美術館の館長 山口さんがお見えになった。

「お〜〜、来ていた?」と何時もの元気で 、やさしいお声が店内に響いた。

イタリアに行ったときのお話や今回の東京モーターショウのこと

アバルト美術館に来る様々なタイプの客を車にたとえて、面白く聞かせてくださり

楽しい時間を過ごして帰宅した。

予定が無い休みは、思いがけないひと時をもたらしてくれる場合が多い。

実は明日も予定の無い休み。

久しぶりに自転車で出かけようかな。

 

 

7

晩酌タイムなのに酒を飲まずに書く。

最近は、そうなんです。

酒の飲みすぎがたたって、医者から禁酒と言われてしまった。

おデブちゃんも『駄目』。

臓器をいたわるよう指示されました。

だから、この一ヶ月はほとんど飲んでない。

食事も気を使ったので3kgの減量に成功した。

実は10年前、今よりも10kg体重は少なかった。

正確には、10kgのダイエットをやってのけた。

食事は豆腐や海藻、こんにゃく等・・・

辛すぎてスーパーの大福餅をジッと見つめ、よだれが流れたこともあった。

当時は酒が余り飲めなくて(弱かった)もっぱら甘党だった。

その一年半後、20年間吸い続けたタバコをやめた。

地下鉄にサリンが撒かれた日で、早く犯人が捕まるようにと

願いを込めてタバコを止めた。

本当は子供への影響を考えて禁煙したのだが

理由はどうあれ、僕は8年間タバコを吸っていない。

始めの一年は辛く、何度もタバコを吸いそうになった。

正直に言うと、禁煙から三ヶ月目のこと

出張で行った水上温泉のホテルで

一本いただき吸ったことが有る。

でももう今は欲しくは無い。

禁煙開始から直ぐに、体質の変化があった。

以前はアルコールが回りやすかったのに

ニコチンが無くなった体は、少々の酒なら心地よく酔えるということを知った。

酒も美味しく、ご飯も美味しかった。

晩酌の量はどんどん増えて行き、

ビール、日本酒、ワイン、焼酎、水割り、カクテル・・・・

何でも来い!

カミサンも酒が好きだから、二人で酒盛りはつい最近までの我が家の風景だった。

そして体重も増えて行った。

10kgやせて10kg太り、またチャレンジ・・・・

懲りない奴だ。

ただ、10年前と違うのは、あの時一月ほどで10kgやせたのだが

今はちゃんと食べて、ゆっくりやせて行こうと思っていること。

先生、長い目で見てやってください。

 

 

13

昨日の出来事

実家がある町田まで墓参りに行った。

朝早く出発したのは、兄と弟が仕事に行く前に顔を見せたかったからだ。

墓に眠るのは僕の直ぐ上の兄だ。

今年の3月、「死んだ」と連絡があったのは僕の誕生日の2日前だった。

僕は男4人兄弟の3番目だ。

子供の頃は、長男や末っ子に甘い母親を見るに着け「長男っていいな・・・」「末っ子は得だ・・・」などと思っていたが

今僕以外の兄弟は親と同居しているが、離れて自由気ままに?生きている自分が一番いいと思っている。

朝目覚めて時計を見たら“44444秒”だった。

うちの目覚ましは電波時計で時間は正確だ。

表に出たら天気予報は当たっていて、小雨がぱらついていた。

兄弟みんな車が好きで、この間までMINIに乗っていた弟がmidgetを見たいと言っていたので

暗闇の小雨の中をmidgetで走り出した。

前の晩用意していたCDラジオを後ろに置き

サザンを聞こうとしたら鳴らない・・・電池が終わっていた。

見たらスイッチが入りっぱなしだった。

昨夜入れ替えたばかりなのに・・・出鼻をくじかれた。

コンビニに寄って電池を買う。

雨の日はサザンやユーミンがいい。

憂鬱な気持ちも少しはやわらいで行く。

小田原厚木道路に乗ったあたりで空が少し明るくなり、

気持ちもドライブ気分になって、桑田とデュエット状態の車内が熱い。

でもスピードは大して出てはいないから

隣の一般道を走る軽自動車にあっさり抜かれて行く。

厚木市内から、県道を利用して津久井方面に向かう。

ノリタケの工場とアンテナショップがある。

時々カミサンと来てはショップのレストランに美味しいフレンチをいただきに来る。

お勧めですよ。安くて美味しい。

実はここのノリタケで3年前のアルファロメオデイの記念品を作ってもらった。

アルファデイのロゴが入ったワイングラスだ。

900個の注文をノリタケは見事に短時間で作ってくれた。

ノリタケの少し先でmidgetの幌をたたむ。

まだ6時、走り出すと相当寒い。

途中長いのぼり坂で対向車が3台続けてパッシングをしてくる。

『あれ、ライト点いているかな?』と思ったが、『ネズミ捕り?』

坂を登って今度は下り坂に差し掛かり、しばらく行くと

柔道3段風の警官が数人怖い顔で見ている。

もちろん僕はゆっくり走っていたし、大きな声で歌もうたっていなかったから

停められる理由など無い。

まだ7時前だと言うのにご苦労なこった。

仕事熱心でよろしいが、他にやること無いのか?

しかし、ネズミ捕りや検問をパッシングで教えてくれるのは

遠い昔のことだと思った。

僕が免許を取ったばかりの頃は、狭い道で待っていてくれたり

先に行かせてくれたり、合流で入れてくれたりしたら

手を上げてお礼をするとか、パッシングで合図するなど

ドライバー同士のコミニュケーションも少なからず存在していたのに

最近は譲っても手も上げない、こちらを見ようともしないそんなドライバーが多い。

濃いフィルムを運転席の窓にも張っていてはドライバーの表情も見られないから

路上でのご挨拶も今は通用しないのかも知れない。

一番嫌なのは、合流などでハザード点けて“お礼”の合図をしている車。

ハザードの使い方を間違っている。

あれは、深夜の高速を走るトラックドライバーの間で始まった勝手なルールだ。

止めたほうがいい。

実家に着いたら、兄も弟もmidgetが気に入ったらしく

「いらなくなったらくれ」と言われた。

母を隣に乗せて墓参りに行こうとしたら

父も行きたがり、「3人も乗れない」と言っても聞こうとしない。

後ろの僅かな空間に乗り込もうとするので、久しぶりに親子喧嘩が始まった。

たまにはいいもんだ。

墓での一枚。

助手席に座っているのは母です。

幽霊ではありません。

 

母に「又来るね」と告げて、町田のオタクショップに立ち寄った。

“お宝鑑定館”広い店内には、グリコのおまけやレコード、楽器、CD、ゲーム・・・・

それこそおもちゃ箱をひっくり返したように物で溢れていた。

1時間ほどいただろうか、AVビデオには目もくれず、僕はこの二点を買った。

shellのポスター。

小さいものだったが、お洒落だと思いません?

価格は¥300でした。

そして

二枚組のLPレコード。

加山雄三のベストアルバムです。

僕の大好きな曲が満載。

僕は加山雄三の音楽を「インテリアポップス」と勝手に呼んでいる。

“邪魔にならない音楽”構えて聴かなくたっていいんです。

流していると心地よくなる。

今度蓼科のアジトで聴きましょう。

価格は¥700なり。

 

相模原では“やーくん”のお家を探しました。

頼まれていたCDを届けてあげようと思ったのです。

以前“引っ越しました”のはがきをもらっていて

なんとなく覚えていた記憶を元に目星をつけて探したのですが

見つかりませんでした。

「まあいっか」と気を取り直し、あてもなく走り、気に入った店に入り

一日を楽しむ。

一人で走るのだから、全てが思いつくまま気の向くまま。

自分も撮ってみる。

初公開!

 

国道246を走っていたら

思い出したことがあった。

秦野市にある“ケンタッキーフライドチキン”の風見鶏の台って20数年前に僕が作ったんです。

うちの実家は工務店です。

当時「忙しいから手伝え」と言われ、小遣い欲しさに良く手伝っていました。

まだあるのかな・・・・と不安に思っていましたが

ありました。

あれです!

あの小さな家の部分を作りました。

思い出すなぁ〜〜。

締めは秦野の「ハードオフ」シングルレコード3枚とCD3枚買って

298なり。

楽しいドライブになりました。

目覚めたときには44444秒で憂鬱だったのに

帰宅して時計を見たら44444秒。

12時間の自分だけの楽しい時間でした。

 

 

27

今市のブガティックには、朝10時頃着いた。

阪納さんは作業中の手を休め、笑顔でこちらに向かって歩き始めた。

その2年前、茂木のイベントで初めて阪納さんと言葉を交わした。

「蓼科アルファ・・・・・」と自己紹介をすると、「ホームページ見てるよ」と仰ったので

僕は驚いた。

「掲示板見ているとおもしれ〜や」

 

 

前のCG-TVのオープニングでブガッティを操縦しているのは他ならぬ阪納さんだ。

第二回のCG-DAYは東京に大雪が降り、豊島園の駐車場にも雪が積もった。

僕がエントリーしていた車両展示は中止となりがっかりしていたが

大きな体育館のような会場の一角に例のブガッティ-を発見した。

ブガッティの脇には阪納さんがいて、そのオーラたるや当日のゲスト ポールフレール氏にも負けない光を放っていた。

予定していたサービスだったのかは知らないが、阪納さんはブガッティのエンジンを掛けようとしていた。

無駄のない動きは一流のミュージシャンが楽器のチューニングを行っているようにも見えるし

ソムリエがワインをテイスティングしているようにも見えるし・・・

確かな技術を持った本物を目の前で見るということなのだ。

冷え切って静まり返った会場に「バッバッバッ・・・」とエグゾーストノートが響くと

ギャラリーたちから大きな拍手が沸き起こった。

少し間をおいてCG-TVのオープニングテーマがかかった。

ビデオを撮影していた僕の手が震えた。

 

昼近くなったら「飯一緒に食おうか」と言われ

僕は夢でも見ているのだろうか・・・・

近所の喫茶店から届いたお弁当を数人で囲んで食べた。

新宿時代の話、わたびきモータースの中沖さんの話、ラジコンのヘリを設計していた事・・・・

話は尽きなかった。

一緒に行った6c 1750 GSのオーナーの方に

6cから外した部品どうします?」と阪納さんがたずねると

「処分しちゃって」

僕と阪納さんの目が合った。

「分けるか?」

二人して箱の中を物色し、それぞれ気に入った“お宝”をもらうことにした。

1932年のミッレミリアに出場し好成績を収めたこの6cには貴重なパーツも組み込まれていた。

その中で僕と阪納さんが分け合ったものがある。

板バネを保護するための“革製”のブーツだ。

二つあったので、阪納さんがひとつ手渡してくれた。

阪納さんも嬉しそうに革のブーツを広げて見ていた。

僕がいただいたブーツを見ていたら、中になにやら英文が書かれてあった。

古いものなので文字が良く見えないが『・・・・alfaromeo・・・・seater touring・・・』と書かれてあった。

ふと阪納さんの方に目をやると、まったく同じもだと思ったのに阪納さんのブーツには何も書かれてはいなかった。

僕がニンマリとにやけると、「チクショウ、失敗した」と少し悔しそうにそして嬉しそうに笑った。

 

陽が傾いて来るまで、僕はブガティックにいた。

幾つかに分かれた作業場を見学して

とびっきり綺麗なブガッティを見つけ

「写真撮ってもいいですか?」と聞いた。

「おっエンジン掛けるか?」

「ホント デスカ?」

それは、いつか見た雪のCG-DAYでの夢のような一こまの再現だった。

ひとつ違うのは、阪納さんは今僕の為にエンジンを掛けようとしていることだ。

僕は慌ててビデオカメラを回した。

エンジンが掛かった。

小さな作業場に爆音が響く。

僕は涙が出てきた。

 

今年の9月にTAROCの仲間と北軽井沢の松平さんを訪ねたとき

「阪納くん、あまり良くないらしい・・・・」と氏は寂しそうに仰った。

容態が良くない事は少し前に聞いていたけれど

まさかと思う気持ちのほうが勝っていた。

箱根に尋ねてくれた成松君からその知らせを聞いた。

「阪納さんが亡くなられたそうです」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

まだ信じられなかった。

その後いつものGS相模屋で鈴木さんにお聞きした。

「阪納さんが亡くなられたって本当ですか?」

「阪ちゃん、逝っちゃったね・・・・・塚原君から聞いたよ」

「阪ちゃんにこの間さ、ステッカーくれよ、なんて言ってさ・・・・」

鈴木さんの寂しそうなお顔が心に残った・

 

あのゼッケン5番のT-35のオーナーは遠い遠い天国に行ってしまわれた。

この写真を見ているとT-35の脇から阪納さんが現れてくるようです。

ご冥福を心からお祈りいたします

 

 

 

 

少し前に、このページを書きました。

何度も削除し、ためらい、更新することを止めていました。

先日TAROCの忘年会に阪納さんが映っているビデオ持参し

追悼の気持ちを込めて上映しました。

おそらくこの時の映像は今まで誰にも見せていなかったとおもいます。

帰ってきて、気持ちがまとまりました。

少し直しましたが、皆さんにもこのページを読んでもらいたいと思って更新いたします。